序章

序章

2022年2月23日。

全ての始まりはこの日だった。なんてこともない一日だった。

この頃の出来事を説明すると、冬季北京オリンピックが閉幕したばかり。羽生くんの金メダルが期待されていたあの時だ。まだコロナ禍で大イベントの規制はあるものの、ワクチン接種したなら旅行してもいいよ、という雰囲気だった。
だからワクチン2回目を終えていた私も、週末はスノーボードへ出かけたりしていた。

一足早く初秋に2回目を終えた65才以上の人は、3回目が回ってきていた。父は当時71才で仕事もまだ現役。接客業の父は近所のクリニックに電話予約をして、2022年2月2日に3回目のコロナワクチンを打った。

その頃YouTubeでは陰謀論も出回ってきて、それを見た父は、

「俺の皮膚から変な物質が湧き出てくるらしいよ」

とふざけていた。母も私も、国が進めるものに危険性があるものなんてあるわけがない! そう疑いもしなかったから笑い合っていた。

「まさか、そんなことあるわけないでしょ〜」

……と。

あれから3年が経った。
父はもうこの世にいない。何が原因だったのだろう。何がいけなかったのだろう。それを証明する因果関係だとかエビデンスだとか難しいことはわからない。

ただ事実だけを綴る。

父は3回目接種後、高熱や湿疹が出たなど特筆すべき副反応はなかった。その頃みんな言っていた、「だるい、熱っぽい」だけ。

だからもう一度言う。

これから起きることの因果関係はわからない。

事実だけを綴る。

冒頭に書いた日付、2月23日は、その21日後。ぴったり3週間後。
家族揃って夕食を食べた。父は350ミリリットルの発泡酒を一本飲みながら。そしてお風呂に入った。私がお風呂を掃除してからの一番風呂だった。その間、母と私がまだ食卓で話していた。いつ買い物に行こうか? なんてたわいもない会話。

すると父がパンツ一丁で部屋に駆け込んできた。駆け込むというより倒れかかってきた。床にうなだれた。

「く、苦しい……」

「救急車!」

母と私も異常事態に気づく。父の唇が紫。指先も紫、足も紫。毛のない頭に汗が噴き出していた。胸を抑える父。
私は叫んだ。母も。

「だ、だいじょうぶ……、もう少しで……落ち着くから」

父は近所に迷惑をかけてしまうと、救急車を呼ぶことを止めた。自分より近所が優先だった。それに母も私も同意した。少しすると、血色も戻ってきた。

「大丈夫」

父は起き上がった。そして経緯をゆっくり話した。
お風呂から上がりベッドに横たわっていたら、急に胸がドキドキして、急に苦しくなった。これはまずいと助けを求めに、母と私の元にやってきたとのことだった。

しつこいようだが、最後に言う。
因果関係はわからない。

事実だけを綴る。

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